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最高裁判所第二小法廷 昭和23年(れ)1789号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を福岡高等裁判所に差戻す。

理由

福岡高等檢察廳檢事石井玉蔵の上告趣意について。

記録に因れば、原審は昭和二三年一〇月一八日被告人幹正人を詐欺罪により懲役一年に處し、第一審における未決勾留日數中六〇日を右本刑に算入すると共に、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶豫する旨言渡したのであるが、其の後福岡高等檢察廳檢事より原審に提出され本件記録に編綴された被告人に對する檢事の各聴取書(記録一二四丁以下及び一三六丁以下)前科取調書(同一二六丁)並に指紋照會の回答(同一三二丁以下)及び上告趣意書の附属書類として當裁判所に提出された身上取調書によれば、被告人の氏名は平川正夫が正しいのであって、幹正人とは被告人が擅に使用して居た別名に過ぎず然も被告人は昭和二〇年一月一九日福岡區裁判所において横領罪により懲役一年に處せられ、本件犯行當時既にその刑の執行を受け終っていたものの如くである。從つて、若し被告人に右の如き前科があるとすれば、原判決が被告人に對して封の執行猶豫を言渡したことは、所論の如く刑法第二五條の要件を無視した違法があるばかりでなく、累犯加重をしなかった違法があると云わなければならない、元來被告人の同一性の確定及び前科の有無について、如何なる範圍において事実の取調を爲すかと云うことは事実審裁判所の自由裁量に委ねられているところであり、具體的事案における諸般の事情に應じ、必ずしも被告人の本籍及び指紋の照會等を爲す必要がある譯ではなく、斯かる措置に出なくとも過誤を生じない場合も極めて多いのであるが、かゝる事実の確定は公訴の基礎となり、科刑の基準となるものであるから、「罪となるべき事実」と同様に、愼重に審理を盡し、證據によって合理的に判斷するのが本則である。

今本件事案の經緯、被告人の經歴職業其の他諸般の事情と原判決言渡後提出された前記各書類の記載とを比照すると、原審が被告人の本籍照會も指紋照會も爲さず漫然被告人の氏名を幹正人であると信じ、前科なしと判斷した措置は、結局において、合理的でなかったと云う非難を免れ難い。即ち原審は被告人の同一性の確定及び前科の有無について、十分に審理を盡さなかった違法があると云はなければならない。さればこの點において結局原判決は破毀を免れ得ないのであって、論旨はその理由がある。

よって、刑訴施行法第二條、舊刑訴第四四七條、第四四八條の二第二項に從い、主文のとおり判決する。

この判決は裁判官全員の一致した意見である。

(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山 茂 裁判官 藤田八郎)

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